【インスピレーション3】内なる声とともに

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    ※今回の内容は下記の記事と関連しています。併せてお読みいただければと思います。

     ・アシュタールが語った私の使命と過去世

     ・アシュタールが語った私の使命と過去世

     

    ある真夏の日のことだった。

     

    椅子に腰かけた私は、その暑さを少しでも凌ごうと片手にはアイスクリームを、そしてもう片方の手で、重くて分厚い『あるヨギの自叙伝』の本を支えながら膝の上に置き、ゆったりと読もうとしていた時だった。


    アイスクリームをたいらげた私は、手に残されたアイスの棒を捨てるために立ち上がろうと思ったが、わざわざ捨てに行くのを少し面倒くさいと感じ、テーブルの上にでも置いておけばいいだろうと思った。

     

    だが、アイスの棒をそのままテーブルに置けば、その部分が当然ベタベタとしてしまい、今度はそのテーブルを拭くはめになってしまう。「それじゃ、別に持ったままでいいか」と考え、片手に棒をずっと持ったまま本を読み続けていたのだが、ここであることに気がついた。

     

    私「この自叙伝の本……重すぎて片手では支えられない…」。

     

    おいしいアイスクリームを食べている最中はそれに全く気がつかなかったが、食べ終わったあと、500ページをこえる分厚くて重い本を片手で支えながらページをめくるという行為が、これほどまでにつらい「作業」という感覚に一変するとは思ってもみなかった。

     

    そんな私の横着な態度と、急に読書の意欲が薄れてきたことを、まるで「全部見ているぞ」と言わんばかりに、「喝」ともとれるインスピレーションが入ってきた。

     

    内なる声「得るものがあるということは、捨てるものがあるということを現す」

    うわわ…内なる声が届いた。きっと白龍様だろうか。それとも、この自叙伝にイラストとして描かれている神人のババジ殿(私はなぜか「殿」と敬称を付ける呼び名を好む)なのか、と思った。


    今ここで必要とする行動を、「面倒くさい」という思いでかき消してしまい、安易に「楽」を選び取る行為を良しとしない、という言葉であった。物質的な取捨の均衡を保つことも、この世に生きる人間の大事な務めの1つであるようだ。

     

    内なる声「得たものを失うことなく継続させたいという人間の物質的・権威的欲求

         には、そこに計り知れないほどの「貪欲の闇」が渦巻いている」

     

      私 「わかりましたー!」


    心の中で思いっきり叫んだ私は椅子から立ち上がり、わずか8歩ほど歩いたところにあるゴミ箱へアイスの棒をねじこんだ。この8歩の歩みを惜しむ横着さ…。なんともはや、怠け心がついたものだ。

     

    そして改めて、自叙伝の本を両手でしっかりと持って読んでみると、「おお、普通に読める、重いけど苦にならない、すごい!」と、白龍様やババジ殿から「そんな当たり前なことをおまえは今ごろ気がついたのか!」と思いっきりツッコミをされてもおかしくないほどの一人芝居を演じきり、そのままの勢いでしばらく読みふけってしまった。


    私の横着ぶりを見て、内なる存在が即座にインスピレーションとして鋭く、そして厳しくもあり、時には愛情もある示唆を与えてくださることに、この方たちは私の身近な「お師匠様」ともいえる頼もしい存在であることに変わりはない。

     

    Dr.テリー氏の記事にも記載したように、アシュタールから「あなたの内側にはドラゴンがいる」ということを告げられたこともあり、その存在をより一層、確信めいた証として心に刻むことができたことをとてもうれしく思う。

     


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    【不思議体験記25】茶の間に現れた小さなシャボン玉

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      今から4年前のお盆の時期に起きた不思議な話を1つ。

       

      お盆に姪っ子たちが遊びに来て、1泊して帰って行った。

       

      帰った後、私は家族と共に茶の間でテレビをみていたのだが、ふと気がつくと、なんと上から(天井あたりから)直径2ミリほどの小さなシャボン玉がゆっくりと落ちてくるではないか!私はそれを右手の手のひらで受け止めた。

       

      ちょうど側にいた父や母にも見せたが、やはり驚いた様子だった。

       

      何もないところから、突如としてシャボン玉が現れるとは一体どんな現象なのだろうか。今もって謎の出来事であった。

       

       

      【補足】

      何も無い空間から、いきなり小さなシャボン玉が落ちてくる……

       

      なぜ?なんで?という、疑問しかわき起こらない不思議な現象を体験しました。

       

      毎年お盆の時期には、姪っ子たちが来て1日中遊んだ後、1泊して帰っていきます。その年も姪っ子たちが来て、まさに怒涛の如く、家中をちらかしながら遊びまくり、1泊して楽しんで帰っていきました。

       

      そんな、まるで嵐が過ぎ去ったかのような静かな茶の間で、家族と一緒にテレビをみていた時のことです。

       

      ふと私の視界の上方(テレビをみていた目線のやや上あたりぐらい)で、一瞬キラリと何かが小さく光ったように見えました。

       

      「何だ今のは?」と思いながらそのまま上を見上げると、透明で小さな球状のものが、ゆっくりと下に落ちてくるではありませんか。私はそれを右手で受け止めて(手のひらに乗せて)よく見てみると、なんとそれは小さなシャボン玉だったのです!

       

      私「えぇ⁉ なんでシャボン玉が落ちてきたの?…はぁ?」

       

      おそらくは、天井の照明器具の付近から落ちてきたのではないかと思われますが、そこから私たちが座っている下のテーブルまでの空間には、何もありません。

       

      もう少しその時の状況を振り返ってみると、例えば通常考えられるシャボン玉が生成されるような物理的なもの(石けんや洗剤、のり、泡状のもの、ストローなど)も、茶の間には置いておらず、だれもそこでは使っておりません。

       

      何もない、そしてもちろんのこと誰もいない天井・照明器具の付近から、突如としてシャボン玉が落ちてきたのです。

       

      側にいた父と母にも見せたところ、当然ながら「…なんで?」ということになったことは言うまでもありません。それからしばらくすると(だいたい30秒ほどは手のひらに乗っていたでしょうか)、シャボン玉は静かに消えたのでした。

       

      まあこれに関しては、お盆という時期でもあるということを考えると、ご先祖様たちもあの世からこちらの世界に来ており、姪っ子たちが帰って行ったのを見て、ご先祖様たちもあちらの世界にそろそろ帰ろうとしていたのかもしれません。

       

      その帰り際に、「今年も楽しかったぞ。また来るからな」いう私たちへの挨拶の意味も込めて、キラリと輝くシャボン玉を落としてくれたのかもしれないな〜、なんて思っております お願い

       


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      ブログのPC版とスマホ版について

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        当ブログへのご訪問、そしていつもポチっとランキングバナーを押してくださる方、誠にありがとうございます<(_ _)>

         

        週に1〜2記事程度のSlowレベルの更新頻度ですが、毎日一定数のアクセスをいただいております。おそらくこれは、掲載記事を読まれる方と併せて、数ヶ月前に始めたツイッターをご覧になる方も増えたからだろうと感じております。

         

        ツイッターでは、ブログの内容とはまた違ったものを発信していますので、どうぞご覧くださいませ。フォローもお待ちしております。こちらにもリンクを貼っておきます→kuniツイッター

         

        ということで、当ブログをご覧いただいている方にはもうおわかりのことと思われますが、最近ではブログの画面上での掲載項目が何かと多くなってきたため、初めて訪れた方でもわかりやすいようにと思い、今さら感が否めないほどの今さら⁉的ではありますが、ここでちょっとブログの画面表示についてご説明をしたいと思います。

         

        当ブログは「jugem blog(ジュゲムブログ)」を利用していますが、そもそもこのブログの仕様上、1つの記事をアップすると自動的に「PC版」「スマホ版」の両方で、掲載記事の項目や背景のデザインなどがそれぞれ特有の形式で表示されるようになっています。

         

        特にスマホ版で表示される内容は、PC版よりも簡易的なものとなり、トップ画像をはじめサイドバーに配置されている過去数ヶ月前の記事、それに私が独自で設定した写真付き掲載記事やツイッターなども省略されたものとなっています。

         

        スマホの画面サイズの関係もあるためだと思われますが、もうそのまんま「本文の記事だけ」を読む方に向けた仕様となっていると言ってもいいでしょう。

         

        下記にそれぞれの表示形式を載せておきます。

         

        【PC版】                   【スマホ版】

        無題.jpg  IMG_0126[1].jpg

        トップ画像や背景、右サイドバーにある項目    とてもシンプルなスマホ版。

        などを見ることができます。サイドバーには    特に本文記事が主体表示とな

        私の遊び心による自由なカテゴリーが出現し    っています。

        たりもします。

                            

         

        .好泪枷任らPC版を見るやり方

        スマホ版で閲覧をしている方でも、PC版に切り替えることができます。

         

        まずは、スマホでブログのトップページを開き、その画面の右上を見ていただくと、下記の写真のように【PC版】に切り替えるボタンがあります。ここをタップするとPC版へと移行します。

        無題1.jpg

         

         

        スマホ版→PC版→またスマホ版に戻る方法

        ジュゲムブログを使っている他のユーザーの方々の中で、「せっかくスマホからPC版を見てくれた方が、またスマホ版に戻ろうと思ったけど、その戻り方がわからないようだ」というものがあり、解決法を教えてほしいというものを目にしました。

         

        たしかに、【PC版】に切り替えるボタンはありますが、【スマホ版】に戻るボタンはどこにもないのです…うぅ。これも、ブログの仕様上でそうなっているため仕方がないのですが、それでは簡単に戻ることができずに右往左往してしまうため、右サイドバーの下部に【スマホ版に切り替えるリンク】を貼り付けておきました。

          ↓

        無題6.jpg

        右サイドバーの下部のところまで画面を下にスライドさせると、

        上記の矢印で示した部分に切り替えるリンクがありますので、

        それをタップしていただくとスマホ版に戻ることができます。         

         

                 ※(これらは2019年9月時点での設定内容を基にしています)

         

        以上、PC版とスマホ版の画面についての取扱い説明でした うふ

         


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        【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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          ※前回のあらすじ

          いよいよ巡ってきた私の順番。アシュタールの言葉を聞きもらさぬようにと必死にメモを取る中、当初の質問とは別に、私の過去世についてもアシュタールの方から話をしてくださった。そこには、全く予想もしていない驚くべき過去世の数々があり、さらに私を守護するアセンデッド・マスターについても語られたのであった。  

           

          ア「あなたには、グレートティーチャーがついています。今、あなたのうしろにい

            ます。それは、※6クトゥミカスミと呼ばれている方と、※7ババジです。

            あなたは、これからも可能性を開いていきます。栄養を分け与えることを自分

            から始めていくのです。それに、今のあなた自身は、しっかりとアセンション

            の道を歩いています」

           

          ※6…クートフーミとも呼ばれるアセンデッド・マスターの1人。サナトクマーラ

             と同様、金星から来たと言われる
           

          ※7…マハアヴァター・ババジ。パラマハンサ・ヨガナンダ著の『あるヨギの自叙

             伝』によると、ヒマラヤの奥地に数世紀にわたって現存する神人で、あらゆ

             る元素の原子を自由に結集してどんなものでも物質化でき、一瞬にして黄金

             の宮殿を建てたという逸話が掲載されている。キリストと霊交を行い、自ら

             の肉体もその意思によってあらゆる場所に出現させることができるとされる


          今までにグレートティーチャーという名は聞いたことがあるが、この私にそういった高次元の存在がご指導くださっているとは想像もしていなかった。

           

          てっきり私としては、「日本」に馴染みのある、どこぞの神社でご縁をいただいた神様、あるいは仏様やお不動様などにお護りいただいているのだろうと勝手に決めつけていたが、クトゥミ、そしてババジといった名前をここで初めて聞いた時、正直なところ全くイメージがわかなかった。

           

          この方たちは果たしてどのような存在なのか、どのようなお役目を持たれている方たちなのだろうかとも考えていた。さらにアシュタールからの言葉が続く。

           

          ア「あなたがこの人生において……ババジのような覚醒の段階へ到達することは…

            そこまでは不可能でしょう…。しかし、光の栄養素を分け与えるのです。周囲

            の人たちにそれを分け与えることにより、霊的能力もますます開花していくこ

            とでしょう。愛と慈悲を体現し、魂を向上させることができれば、あなたは、

            ティーチャーの資格が与えられるでしょう」

           

          のちにババジとカスミという名を調べてみると、私にはもったいないほどの、愛と叡智を人類に授けてくださる神の次元に存在している方たちだとわかった。

           

          そして、光の栄養素を人々に分け与えることによって霊的能力もますます開花していき、愛と慈悲を体現して魂を向上させれば、ティーチャーの資格が与えられるとのことだった。

           

          このティーチャーやマスターなどといった、名前の定義や区分の仕方をネット検索などで調べると、表現する者の認識やとらえ方によって、偏りが多く見られる場合が多いと感じた。

           

          スピリチュアル的に広くその用語が汎用されており、私自身としても明確な定義を持っているわけでもないため断定はしないが、少なくとも霊的次元での指導者的領域に達する存在であろうと解釈している。

           

          そしてアシュタールは、ババジからのメッセージをこのように伝えてくれた。

           

          ア「ババジがこのように言っています。私たちと共にいらっしゃい、と。私たちと

            共に歩いて行こう、と。そしてこれからのあなたに、どうぞ祝福があります

            うに」


          そう言うと、テリー氏は深々と頭を下げられ、感謝の意を表してくださった。

           

          その姿は清廉で、とらわれがなく、必要なことを伝えるべくして伝えたという、1つの役目を果たされた「愛の伝道師」ともとれる姿だった。私も同じように、心から感謝の意を表した。

           

          こうして、ババジからのメッセージを最後に、私のセッションは終了したのであった。

           

          ◎これまでの私の人生観とこれからの使命感

          この日のセッションを終えて自宅に戻ってきてから、これまでの人生観や今日の内容などをゆっくりと振り返ってみた。

           

          実際に私はこれまでに、いわゆるスピリチュアル的な世界については、俗にいう「不思議体験」が子供のころからあり、そして今日に至るまで、この未だに解明できない分野について自分なりの考察や探究を、現在も継続して行っている。


          しかし、現代科学をもってしても解明できない、こういった不思議な現象の分野において、一個人である私自身が果たしてどこまでやれば解明の糸口が見つけられるのだろうか…。その先の答えはわからない。
           

          なぜなら、スピリチュアルの世界において、「答え探しの探究を重ねれば重ねるほど明確な証拠が現れる」などという保証は、一切無いと言えるからである。

           

          それに、多くの者たちはみな「自分の五感を通じて初めてそこに物質として存在していることを認識する」ことに他ならないわけだが、そもそもが物質的要素として証明することが不可能とも言われるスピ系や不思議な現象の「非物質的」な世界に対して、「物質的に何とか証明したい」という唯物思想自体が、観念の相違を露呈していることに他ならないからである。

           

          ゆえに、これは究極の困難な道を歩むことになるということは、容易に想像ができるだろう。

           

          しかしながら、その困難と言われる道を、実はずっと昔から、私は歩み続けてきたのかもしれない。

           

          思い起こせば、私はスピリチュアルの世界について、これまでずっと1人で抱え込んで孤独に生きてきた人間だった。周りの人たちは、こういった分野については個人的に興味があるか・ないかという程度の判断基準で区別してしまいがちで、あまり理解が得られないことが何度もあり、友人にさえ不信がられることもあった。


          だが、今だからこそ思えるのは、不思議な現象を証明することは「無駄な努力ではないのか?」とも思えてしまうこれらのことは、実は何一つ無駄な要素は無く、むしろ自分にとっては必要な「探究の過程」でもあり、例え他人に不信がられようとも心のどこかでは「価値ある大切な世界観であるのだ」と、なぜか信じ続けることができた。


          その価値ある世界観をずっと大切にしてきた信念こそが、実は「自分への愛」の証でもあったのではないだろうか、とさえ思えてきたのである。
           

          これまでの自らの行いを信じることによって、自分への愛の証を見つけることができ、同時に「心の存在価値」として自分自身を大いに認めることができた、という考えに至ることができた。これこそが、唯物思想をはるかに超える「自己愛の実現」という、私に課せられた大きな使命でもあったのだ、ということにも気がつくことができたのである。


          ババジという高次元に存在する方から、「共に歩いて行こう」というメッセージをいただいたことがどれほど素晴らしいことだろうか。そう考えるだけで、心の奥から喜びを感じることができ、「私の魂の使命をしっかりと果たさねば!」という意欲も不思議とこみ上がってきたのである。


          また、アシュタールからのメッセージにもあったように、今後の私が取り組むべき人生のテーマは「愛と慈悲を体現する」ということが明確に判明したので、これまで以上にさらに深く人生の探究を重ねながら、自らの魂を日々向上させていくように努力していきたいと思う。
           

          そして、愛と慈悲を体現していつの日か「ティーチャー」という光輝く存在となれるよう、未来の私に、今ここで、祈りを捧げたいと思う。

           

          (完)

           


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          【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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            ※前回のあらすじ

            高次元の存在であるアシュタールにチャネリングを開始したテリー氏は、いろいろな悩みや問題を抱える参加者たちの心を読み解き、一人一人に丁寧にその解決策を示してくれた。その様子に涙ぐむ者も出るほどだった。1人約10分程度のセッションが滞りなく進められて行く中、ここでついに私の順番が巡ってきたのだった。

             

            ◎いよいよ巡ってきた順番 − 自分でも驚くその内容とは

             

            通訳「では次の方です。私のこれからの魂の使命ということについて、質問を

               された方はどなたでしょうか?手を挙げてお返事をお願いします」

             

            というアナウンスが会場内に流れた。まさか私と同じ質問をしている人はいないだろうなと思いつつも、やっとその時が巡って来たのだというワクワク感を若干抑えながら、テリー氏に向かって手を挙げて返事をした。


            フルトランス中のテリー氏は、目をつぶったまま一切あけずにメッセージを伝えるため、「ハイッ!」という返事を聞いて本人確認をする。

             

            私の返事を聞いたテリー氏は、ゆっくりと顔をこちらに向けた。その閉じられたまぶたの奥では、私という人間を、いや、それだけではなく、その奥にはどんな魂が眠っているのかを、じっくりと見通しているようだった。

             

            そしてしばらくの沈黙のあと、力強くこう語り出した。

             

            ア「あなたは、素晴らしい人生です。そして、素晴らしい質問です」

             

            次に、テリー氏は何かを考えるような感じで、幾分の間をおきながら、このように話を始めた。

             

            ア「……人生には、大変困難なことがあります。それが生きるということです…。

              しかし、あなたにはパワーがあります」

            その言葉を聞いたとたん、今までに経験してきた苦しくてつらい出来事がいくつか頭に浮かんだ。まるで、私の「人生苦」を一瞬で見抜いたかのように、アシュタールが放ったその言葉は、しみじみと、それでいて1つの重みがこめられていた。

             

            だがその点については、これまでに自分なりの「勤行」というほどのものではないにしろ、心の反省・浄化ということを実践してきたおかげなのか、すぐに気持ちを切りかえることができた。

             

            そういった過去の思いから私を見守るかのように、こう続けた。

             

            ア「あなたの内側には、ドラゴンがいます。とてもパワフルです。それは愛のエネ

              ルギーでもあります。内側のエネルギーを信じなさい。内側の声を聞きなさい」

             

            内心、「ズバリとその一言を言われた」と思った。実は、私の順番が回ってくるまでの間に、ふと※5「白龍様」のことを頭に思い浮かべており、まさか龍についてまで言われることはないだろうなと思っていたが、「そこまで見抜いてしまうのか!?」と思うぐらいのまさかの展開に、メモ帳に書き留めていた手を思わず止めてしまった。

             

            そしてこの後も、私が全く予想もしていなかったことが、アシュタールの口から次々と語られたのであった。

             

            ※5…夢の中に白龍様が現れ、アドバイスをくださったことがあった。詳細は下記

               の記事に掲載→白龍様 現る part part

             

             

            ◎私の過去世と今生の魂の使命

            今回の個人的な質問事項の中で、できることなら「自分の過去世」についてもお聞きしたいと思っていたが、前記したように主催者側より「質問はできるだけ一行程度(短文)の内容で」とのことだったため、1人あたりの限られた時間も考慮すると、やはり複数の質問は無理だろうなと、なかば諦めていたところだった。

             

            だがなんと、この直後にまるで私の心を見透かしているかのように、アシュタールから思わぬ言葉が返ってきた。

             

            ア「……あなたは、今までに数々の転生があります。多くの過去世があります」

             

            私としては突然のことで驚くと同時に、なかば諦めていた過去世の内容について、アシュタールの方から直々に話をしていただけるとは思ってもみないことだった。そしてこの後、アシュタールの口から私の驚くべき過去世が次々と語られた。

             

            ア「あなたは、レブリアンです」(※通訳の発音上、このように聞こえた)

             

            当初、私は「レブリアン」と聞いて、シリウスやプレアデスといった「星」の名前だとばかり思っており、私の魂の故郷はレブリアン星という所なのかと認識していたが、あとからよく考えてみると、このレブリアンとは「レムリア」のことを指すものであり、それからすると私は「古代レムリア人」であるということがわかった。

             

            そして、続けざまにアシュタールはこう語り出した。

             

            ア「チベットで、僧をしていました」

            私(チベットで僧…。お坊さんだったのか。たしかに、神や仏は好きだな)

             

            ア「バチカンでは、法位でした」
             私(バチカン…。ローマのことか。ローマで法位と言ったら、ローマ法…王!?)

             

            ア「アフリカ大陸では、司祭でした」
            私(司祭って、たしか大きな帽子をかぶって、杖をついて…)

             

            ア「アボリジニで、首長」
             私(また古い時代が来たな。アボリジニって、先住民のことだったな)

             

            ア「エジプトでは、ファラオでした」
             私(…ファラオと言えば、エジプトの王…って、ファラオ!?…ファ!?)

             

            必死にメモ帳に書き留めていた手をやめ、驚きのあまり顔をあげてテリー氏の方を見ると、そこには目をつぶったままのとても冷静で落ち着き放っている姿があり、かつ淡々とした様子で、私の方に顔を向けていた。

             

            それと同時に、私の過去世を聞いていた参加者の数名が、まるで頭の上に「!」マークでもついているかのように、驚いた表情で私を見ていた。

             

            そんな会場の空気を気にすることもなく、テリー氏は少し笑みを見せながらこう続けた。

             

            ア「そしてこの豊かな日本を選んで生まれてきました。あなたは、文化の担い手で

              す。これからは、自分の家庭に根ざした生き方をしていくのがいいでしょう」

             

            豊かな日本を選んで生まれてきたということは、この日本でやるべきことがあるのだろう。自分の家庭に根ざした生き方というと、「結婚して家庭を築きなさい」ということなのだろうか!?うむむ…。

             

            ア「人類が成長するために、この地上にあかりを灯すのです。あなたには、これま

              での転生で培ってきた教養が身についています。そして、あなたには1つの明

              確なことがあります。それは、光と愛をもたらすことです。愛を現すことです。

              愛の養分を土にまぜ、愛を育てるのです。それを自分から与え、世界を愛の庭

              にしていくのです」

             

            この言葉を聞いた時に、実は私自身がこれからの生き方の中でテーマとしていた「愛について学ぶ」ということと、ピタリと当てはまったことを告げられたのだ。考え方が一致したことに、まさに的を射られた思いだった。

             

            さらにこれだけでは終わらずに、この後も全く予想もしていなかったことをアシュタールはこのように語り出したのだった。

             

            ※partイ紡海

             


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            【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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              ※前回のあらすじ

              緊張しながらも当日に会場入りした私は、テリー氏から発せられる柔らかいオーラのようなもので緊張感がほぐされ、リラックスすることができた。その後も続々と参加者が集まっていよいよセッションが始まると、テリー氏の頭の部分から、透明な高波動のエネルギーが放たれているのを見ることができた。ついに、アシュタールが降臨する時を迎えたのだった。

               

              ◎「フルトランス状態」で全てを見抜く − 高次元からの貴重なメッセージ

              テリー氏がアシュタールに「入れ替わる」までの、いわば儀式的所作が終わるまで、会場内は沈黙に包まれていた。

               

              おそらく今回の参加者の中には、これまでにもすでにテリー氏のセッションを受けたことがある方が何人かいるのだろうと思ったが、私と同じように今回が初見という方は、この後に一体どんなことが起こるのだろうかと、好奇心ありありの眼でその様子をうかがっていたことだろう。

               

              そして、その沈黙を一変させるかのように、テリー氏は突然、開口一番このように語り出した。

               

              ※以下、フルトランス状態のテリー氏が語る言葉は全てアシュタール自身の言葉であるため、

               アシュタールの言葉を「ア」と表記する。なお、下記文中内の会話内容などは、セッショ

               ン中に私がメモ帳に記録した内容をもとにしている

               

              ア「ホーホッホッホ、私の小さな子供たちよ。皆さんに祝福を」

               

              ……何だ今のは!? 声が明らかに太く、そして低い。先ほどの女性らしい声はどこにいったのか!? 何がどうなったのかと呆気にとられてしまうほど、テリー氏が急におじいちゃんに変身した瞬間だった(笑)。

               

              品のある女性が、急におじいちゃんのような声でホーッホッホと高らかに笑うその変貌ぶりに、この様子を初めて見る者はみな度肝を抜かれたようだった。

               

              その後、「この部屋の中心にボルテックスをつくる」と言い出すと、いきなりテリー氏は腕を大きく振り上げ、「ホーーー!」だの「ヒューーー!」だのと、会場内に響き渡る奇声ともとれる声を上げながらエネルギーポイントをつくり出した。私は内心、「隣の部屋を使っている人たちに不審がられやしないだろうか?」などと心配してしまった(笑)。


              このボルテックスとは、訳すると「渦巻き」ということだが、宇宙のエネルギーがアシュタールを通じ、まるで渦を巻くかのようにして、この部屋に降りてくることを意味しているのだろう。

               

              ◎個人的な悩みであってもそれは多くの人が同じく悩んでいる

              さて次に、申し込み時に事前申告をしていた個人の質問コーナーへと移った。

               

              通訳の方が順番に個人の質問を読み上げ、該当する者に対してアシュタールがアドバイスやメッセージを伝えてくれる。


              ここではプライバシーの関係もあるので詳しくは書けないが、参加者の質問の中には、恋愛や結婚をはじめ、仕事、今後の人生についてなど、それぞれが抱える悩みや問題を少しでも解決できれば、という思いが込められたものが多かった。

               

              ただこれが、グループセッションという形式上の1つの特徴とも言えるのだが、プライバシーを含む個人的な質問やアシュタールからのメッセージを、通訳の方がマイクを使って話をするため、会場内の参加者全員がそのやりとりの内容を聞くことになる。


              しかしこれが悪いわけではない。他人が抱える悩みや不安であっても、実はどこかで、自分自身にも当てはまる可能性があるからである。

               

              そういう観点からすると、他人の悩みや不安を自分に置き換えて、そこから少しでも問題解決へのヒントが得られるよう、その言葉を理解することにも大きな意味があるのだろうと思える。


              アドバイスを受けた方の例を挙げると、「あなたには観音菩薩がついています」と率直に言われた女性が、何か思い当たるふしがあったのだろうか、涙ぐみながら耳を傾けて話を聞いていたり、ある人には「あなたを守護する存在は※4サナトクマーラであり、その彼から今あなたに、身にまとうマントが授けられています」と言葉をかけると、テリー氏が席を立ち、実際には目に見えないがその方にマントを肩にかけるしぐさをする場面もあった。


              また、「そこに席を並べて座っている三人の女性は、今日ここに来たのは偶然ではなく、過去世の○○時代の○○(実際にその場所を告げた)において三姉妹だった方々です。このセッションが終わった後にでも、よくお互いに話をしてごらんなさい。今の時代においても、共通する部分が多いことに気がつくことでしょう」などと、具体的にその人しか知りえない部分や、関わりのある存在、そして時代遍歴なども伝えてくれるのだ。

               

              ※4…近代神智学において、1850万年に金星からやってきたとされる霊的指導者。

                 ゴビ砂漠上空に存在するとされる亜界に、シャンバラという地球のエネルギ

                 ーセンターを発生させ、そこに住んでいるという。京都の鞍馬寺にも由緒が

                 ある

               

              その他の方たちにも、同様にさまざまなアドバイスを伝え、本人しか知らない内情を見抜いて解決法を話し、今生での生き方の道しるべを与え、そして涙ぐむ女性に共感するように涙ぐむ女性も出てきたりと、みんなそれぞれの人生を、それぞれが一生懸命に頑張って生きているんだなと、聞いている私自身も深く感銘を受けた。

               

              アシュタールから語られる言葉を聞き逃さぬようにと、みながメモを取る中、時間にして1人約10分程度という短時間のセッションは滞りなく進められていった。


              そして、ここでようやく私がメッセージを受ける順番が回ってきたのだった。

               

              ※partい愨海

               


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              【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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                ※前回のあらすじ

                お気に入りのブロガーさんがアップしたDr.テリーサイモンズ氏のグループセッションの記事を見て、私も機会があればぜひとも受けてみたいと思い、早速HPで日程を確認して申し込みを完了させた。待ち遠しい日々をおくりながら、いよいよ当日を迎えたのだった。

                 

                ◎にこやかな笑みで参加者の緊張をほぐすテリー氏

                さて当日、緊張しながら会場に入ると、すでに半分以上の参加者が席に座っていた。

                 

                受付を済ませ、空いている席に座って正面を見ると、なんとテリー氏がすでに座っておられた。テリー氏は、会場入りする参加者一人一人を笑顔で見つめていた。とても品があり、好感がもてる印象だった。

                 

                緊張していた私は、テリー氏から発せられるそのやわらかい波動のようなもので、固くなっていた心を解きほぐされたような気分になり、落ち着きを取り戻すことができたことを今でも覚えている。

                 

                その後にも続々と参加者が集まり、ようやく全員がそろった頃に主催者からの挨拶が始まった。続いてテリー氏が席を立ち、私たちに向かってにこやかにほほ笑み、やさしい声で挨拶をされた。

                 

                テリー氏の隣には通訳の方がおり、私たちにわかりやすいように、即座に言葉を伝えてくれた。というのもテリー氏は、片言の日本語は話せるものの、そのほとんどは英語であり、通訳の方がいなければ私のように英語のヒアリングが苦手な者は、一体何をしゃべっているのか皆目見当もつかないままセッションが進んでしまうのだ。

                 

                この通訳の方とテリー氏の2人のやりとりが、見事なまでに息がピッタリと合っていた。聞いている私たちに何らストレスを感じさせず、時間のロスもなく、とてもスムーズに進行した。

                 

                当日の参加者は17名(女性15名、私を含む男性は2名)で、定員よりも2名多かったという影響もあったのか、本来のスケジュールを変更し、個人の質問コーナーから優先的にセッションを始めることとなった。

                 

                アシュタールへチャネリング!そこで見えた透明な波動

                そしていよいよ、テリー氏がアシュタールとチャネリングを始めるための精神統一を開始すると、会場内には静けさが訪れた。

                 

                その時だった。私の席からはテリー氏がほぼ正面に見えたため、その様子を目を離さずにじっと見ていると、テリー氏の頭の部分から、まるで仏様の後光がパアーッとさすような、透明な波動とも言えるエネルギー体が見えたのだ。

                 

                私(うわ、今の波動はすごいな!これがアシュタールのエネルギーなのか)

                 

                テリー氏の後ろには窓があり、そこからは隣の建物の白い色の壁が見えていた。背景が白色だと、オーラなどのエネルギー体が見やすくなるため、ほぼ正面からのポジションと背景の白い壁という、好条件も重なったおかげでよく観察できたこともあり、明らかに周囲とは違う高いエネルギーの波動が形成されていたのをとらえることができた。

                 

                そして、ついにこの後に、我々の目の前にアシュタールが「降臨」したのだった。

                 

                ※partへ続く

                 


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                【不思議体験記24】アシュタールが語った私の使命と過去世part

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                  ※今回から複数partとして掲載予定の【不思議体験記24】は、今から3年ほど前に受けた

                   グループセッションでの出来事を記録したものです。そこでの私自身に関するチャネリ

                   ングについて、非常に印象深い内容であったため、長編とはなりますが詳しく掲載しよ

                   うと思っています。

                   

                  私は普段から、スピリチュアル関連のブログ等をよくチェックしている。

                   

                  これらのブログの数は膨大なものがあり、例えばチャネリングで守護天使からメッセージを受けたものを紹介していたり、神社・仏閣を巡ってきた写真、愛や勇気、そして人生のよりよい生き方などをテーマにした内容など、その他多岐にわたる内容が満載である。

                   

                  ただ、これらを一つ一つ閲覧していては途方もない時間を要するため、この中から読みやすいものや構成内容が整っているもの、また今の自分に必要な言葉やシンクロした内容などが書かれたものをブックマークしている。

                   

                  その日も、お気に入りのとあるブログを閲覧していると、その方自身がグループセッションに参加してきた内容が掲載されており、写真もいくつかアップされていた。

                   

                  どのような内容かというと、Dr.テリー・サイモンズ氏(以下:テリー氏)という女性チャネラーの方が、※1「フルトランス状態」になり、高次元に存在している※2「アシュタール」という※3「アセンデッド・マスター」と交信し、その人に必要なメッセージを届ける、というものだった。

                   

                  ※1…チャネリングをする存在と自分の意識が完全に交代した状態をいう。テリー氏

                     はこの状態の際、自分の意識は光に包まれた状態になっているという


                  ※2…キリストやブッダらとともに宇宙に平和をもたらす高次元の存在であり、巨大

                     な宇宙船「スター・オブ・アシュタール」の司令官として、11次元に存在し

                     ているという

                   

                  ※3…アセンデッド(上にのぼった)マスター(極めた者、覚者)の意。天界にいる

                     高尚な魂で人々を導く存在。そのほとんどは過去に人間として地上に生まれて

                     きたとされている

                   

                  テリー氏はアメリカのオレゴン州生まれで、子供の頃からスピリット能力が目覚めており、この頃から高次元の波動を感じていたというが、それがアシュタールであることはまだわからなかったという。成人してからは教員資格を取得し、公立学校で15年間教壇に立った経験もあり、形而上学ドクターという側面も持つ。

                   

                  瞑想中に多くのスピリットたちがテリー氏のもとを訪れ、共に語りたがっていることに気づき、実はそれらのゲートキーパーとなっていたのが、偉大な叡智をもたらすアシュタールという存在であったという。それから本格的にアシュタールとの交信が始まり、トランスチャネラーとして世界各地で精力的に活動を始めることになったそうだ。


                  また、この地球上には正式にアシュタールとチャネリングができる人間は26名存在していると言われ、その中でも最も有名な「レディ・アシュタール」と称されているのが、このテリー氏なのである。

                   

                  ◎思い立ったが吉日
                  このブログを見てテリー氏を初めて知った私は、いつの日か機会があればぜひとも一度はセッションを受けてみたいと思い、主催団体のホームページから日程を確認してみると、なんと(この日程を確認した日から)約2週間後に、仙台でグループセッションが行われるではないか。なんという抜群のタイミングだろうか。ぜひともこの機会を無駄にはできないと思った。


                  それに、テリー氏は知名度も高くて人気があるため、ホームページでセッション日を公開すると、それほど日を置かずに締切になる場合もあるとのことなので、これは早いに越したことはないと思い、自分のスケジュールなども調整し、ウェブサイトで必要事項を記入して申し込みを行った。

                   

                  この申し込み時に、当日にアシュタールへ1人1つまで質問が受け付けてもらえるのだが、主催者側から「質問はできるだけ一行程度にまとめてください」とのことだった。一行という何か文字制限があるような短文的な言葉で、一体何を聞けばいいのかと悩みそうな感じではあるが、不思議と自分の心の中では決まっていたかのように、すんなりと思い浮かんだ。


                  それは、「私のこれからの魂の使命」というものだった。よし、これでいこうと決め、手続きも済み、主催者より当日の案内のメールも無事届いた。

                   

                  こうして、仙台市内にあるビルの一室を会場にして、テリー氏のグループセッションが行われたのだった。

                   

                  ※part△愨海

                   


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                  黒猫の「独眼竜クロベエ」 出没す

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                    最近は、仕事が忙しいというごくありきたりな、それでいて無難ないいわけを持ち出して、ブログの更新が滞っている理由付けをしております。クニです <(_ _)>

                     

                    そんな中で起こった出来事があるのでご紹介を。

                     

                    その日は小雨が降っており、家を出て車で職場に向かう途中のことでした。

                     

                    交差点で一旦停止をし、前方にある民家をなにげなく見てみると、そのお宅の庭に生えている草むらのところに、ずいぶんと余裕しゃくしゃくというような感じで毛づくろいをしている一匹の黒猫がいました。小雨の降る中、です。

                     

                    「…あの黒猫、この雨の中で…ああ、もしかして雨宿りする場所が無いのかな?」

                     

                    小雨とはいえ、ワイパーを動かさなければ視界が悪くなるぐらいの雨の降る中です。その雨を全く気にすることもなく毛づくろいをしている猫など、今まで見たことはありません。

                     

                    車を停車しながらその黒猫を見つめていると、どうやら私の視線に気がついたようで、顔だけをちょこっとこちらに向けました。

                     

                    それからすぐに私は交差点を通過したのですが、その時に心の中でこのようにつぶやきました。

                     

                    「(私の家の)車庫の中ででもいいなら雨宿りできるから、そこにでも入ってな」

                     

                    私の家には車庫がありまして、車庫とは言えどもいろいろな雑用具ともいえるものが収納されているんですが、古紙やダンボール、古い毛布なども置いてあります。パイプを組み合わせてシートを被せた昔ながらのもので、オープンタイプなので出入りが自由にできます。

                     

                    その車庫の中なら、たとえ強い雨が降っても雨宿りぐらいならできるので、その中にでもいたらいいんじゃない?と、軽い気持ちでその黒猫に向かってつぶやいてみたのです。

                     

                    そのまま私は職場へと車を走らせました。まあ、その後はこの黒猫のことなどすっかり忘れてしまっており、帰宅後にも思い出すことも無く、そのまま翌日を迎えました。

                     

                    実はその翌日に、ちょっと驚くことが起こったのです。

                     

                    「ねえ、さっき車庫の中にね…」母の言葉に耳を疑う

                    梅雨の時期でもあり、翌日も小雨が降る日でした。私は朝食を終えて台所にいると、外で片付けをしていた母が台所にやってきて、このように話し出したのです。

                     

                    母「ねえ、さっき車庫の中にね、黒猫がちょこんとダンボールの上にいて、

                      雨宿りしてたよ」

                     

                    私「えぇ⁉ ウソ、ほんとに?」

                     

                    母「うん。近づいたら逃げて行っちゃったんだけど、まあ、あそこなら雨宿

                      できるからちょうどいいんじゃない」

                     

                    昨日、黒猫に向かって心の中でつぶやいた、「車庫の中にでも入ってたら?」ということを理解したかのように、本当に車庫の中で雨宿りをしていたのです!

                     

                    これまでに、この車庫の中で、猫が雨宿りをしていたなどということは、家族のだれもが一度たりとも目撃したことなど無いというのに、偶然にもこの日に限って、しかもあの時の黒猫でほぼ間違いないであろうと思えるその黒猫が、雨宿りをしていたのです。

                     

                    私が心の中でつぶやいたことは母には言わなかったのですが、「いや、これすごいな〜〜、本当に心が通じたのかな〜」という驚きでいっぱいでした。

                     

                    数日後にもまた遭遇する

                    それから数日後、また職場へ向かおうと交差点に差し掛かった時でした。なんとあの黒猫が前方を歩いており、停車している私の車の横を通過していったのです。

                     

                    黒猫が通過する際に、私は車中から覗き込むようにその姿を見ていたのですが、少し後方まで歩いて行ったところでくるっとこちらを振り返り、そして私の車をじっと見つめていました。

                     

                    ↓その黒猫のイラストを、ざっくりではありますが描いてみました。

                    無題.jpg

                         (↑ざっくりしすぎてませんかこれ?)

                     

                    実際にはもう少し顔がやせているんですが、いやね、はじめこの顔を見た時にですね、「この顔にピンときたら110番!」ではありませんが、武士のような鋭い気配を感じたのです。特に、目がね。

                     

                    そして、ケガをしてしまったのかなんなのか、かわいそうに左目がつぶれていたんですよね…。独眼竜だったのです。

                     

                    それを見た私は、この黒猫のことを独眼竜クロベエ」と名付けることにしました。

                     

                    そしてクロベエは、行く当てがあるのか無いのかわからぬまま、トコトコとどこかへ歩いて行ったのです。

                     

                    お〜いクロベエよ、雨宿りで困ったらいつでもうちの車庫を使っていいから。ダンボールもあるし、毛布もあるからそこにいればいいさ。

                     

                    そしてクロベエよ、何よりも黒猫として今を生きている、その命を大切に どこも

                     


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                    許されているものを許していないもの

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                      自らの魂がどんどん向上していくことを

                      だれも止めることはない

                       

                      魂の成長には

                      限りもなく

                      制限もなく

                      それこそ無限なのだ

                       

                      大いなる存在がそれを許しているのだ

                       

                      そう思えるところにたどり着いた時

                      これがどれほどまでに心躍ることであるか

                       

                      一瞬ではあるが

                      私は興奮を抑えられないほどの幸せを感じることができた

                       

                      だがしかし

                      いうなれば1つだけ

                      その許されているものを許していないものがあることも

                      同時に理解した

                       

                      その許していないものとは何か

                      一歩踏み出すことをためらうものとは何か

                      そのことを信じていないものとは何か

                       

                      実に簡単なことだ

                       

                      それは他ならぬ自分なのだ

                       

                      DSC01354-1.jpg

                       


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