気がつかないうちに魔の誘いがやってくるのだ

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    いままさに 必要な縁(えにし)が訪れたからこそ

     

    その機運を受け取って

     

    行動を起こすべきときがやってきたのだ

     

    しかし その行いの影には

     

    真に為すべき果たすべき目的の裏に

     

    心の欲と闇に潜む

     

    為さざるべき 果たされざるべき魔の誘いが

     

    いつも取り巻いていることに 気がつかなくてはならない

     

    そんなことがあるはずがないと言うかもしれないが

     

    だからこそ あなたはいつも決まって

     

    あのときの自分が許せなくなるほどの

     

    後悔の念を心に抱くのだ

     

    DSCF0018.JPG

     


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    【不思議体験記8】出現した黄色に発光する謎の球体 part

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      《part,呂海舛蕁

       

      色に発光する謎の球体の正体を追う
      この日に現地調査に訪れた神社は「八幡神社」といい、大昔の「舘跡」につくられた、地元でも大変有名な歴史ある古社で、神社の入り口から徒歩にしておよそ10分ほどかかる山道を登った頂上にある。

       

      周囲には堀あとの形跡も見られ、木々が生い茂っているためにもともと直射日光が入りづらく、昼間でも薄暗い状態であり、山道の頂上に位置する舘跡につくられた神社だけあって、地上から何らかの光が差し込むということはまず考えられない点が挙げられる。

       

      次に、撮影当日は我々以外に人の姿は無く、また撮影した場所は太陽の光がさす方向とは別の方角だったため、発光する謎の球体は直射日光が直接の原因では無い、ということがこの時点でうかがえる。

       

      確かに、専門家の見解である「向こうから何かが光ったのではないか」という可能性は考えられるわけだが、では光った原因を考えてみると、例えばカメラのフラッシュが何かに反射したのではないかと思われたが、境内にも光を反射するような物は何も置かれてはおらず、そもそも、私は専門家が調査に集中できるようにフラッシュを一切たかずに撮影をしていた。

       

      以上のような点から、この場所からは外部からの何かが光るものや、我々からも光源となりうるものは何も無かったことが考えられる。

       

      それに、撮影するその瞬間まではファインダー内に光るものが全く無かったことをしっかりと確認していたわけであり、私がシャッターを切るその瞬間にちょうどタイミングを計ったかのように、「弧を描く」ようにして球体が突如現れたのを考えると、ただ光って消えたのではなく、球体自体にまるで「意思」でもあるかのような出現の仕方も謎の多いことである。

       

      前兆現象か!?デジカメに異変発生
      実は、不思議な現象はこれだけにとどまらなかった。この光る球体を撮影するわずか数分前のことである。

       

      デジカメのメモリーにはすでに撮影済みの数十枚の画像が記録されていたが、何も操作をしていないのに「ピピ、ピピ」という操作音とともに、これらの記録画像が勝手にコマ送りになる現象が数回起こっており、「…ん?何かおかしいな」と思いながら何度か電源を入れ直してようやく正常に動作したのだった。

       

      今までに一度もこのようなことは無く、しかも購入してまだ半年位しか経っていない新しいデジカメなのに、「まさかもう壊れたの?」と思うような出来事も起こっていたのである。

       

      ただ、この日以降も各地での現地調査を実施したが、幸いにも調査自体には何の支障もなく、デジカメの不具合も正常に戻り、予定していた全日程を無事終了することができたので、私としてはホッと一安心であった。

       

      受け継がれてきた歴史を綴る重要な使命と責任

      今回の出来事について、では一体この黄色に光る球体の正体は何だったのかという結論は、残念ながら明確な答えを導き出すことはできなかった。

       

      また、自治体の歴史編纂事業というものは、いわば爐修涼楼萋自が培ってきた人々の歴史の歩みそのものであり、多大な税金も投入されて行われる一大事業でもある。

       

      それを考えると、後世に残る自治体の重要かつ大きな財産ともなり得るものであるため、これは私の神様に対一つの想いではあるが、もしかしたらあの光るは、社の神様が「お、よくぞ来てくれた、この神社調査をしっかりと頼むぞいう意味で、我々を歓迎するために黄色に光る球となり、わざわざ弧を描いて現れてくれたのではないかと、今となってはそのように思っている。

       

      きっとそうであろうと信じて、その大きな優しさに、感謝を捧げた思っている。

       


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      この横顔は…

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        だれだろう

         

        トランプ大統領…でもないか ちゅん

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        【不思議体験記8】出現した黄色に発光する謎の球体 part

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          今から10数年前のことになるが、当時は自治体の事業の一環として開始された歴史書の編纂事業の仕事に携わっており、その日は調査の一つとして地元にある神社やお寺の写真撮影を行うことになったため、歴史専門家の方と現地調査を実施していた時の出来事だった。

           

          私は、社屋から少し離れたところでデジカメを構え、専門家が境内末社(境内にある小さな社)や慰霊碑などを調べている様子を撮影しようと思ってシャッターを押そうとしたのだが、シャッターを押すわずかコンマ何秒というその瞬間に、太陽の光とは全く別の光源が慰霊碑の上部付近から突然、弧を描くようにファインダー内に現れた。

           

          私はとっさに「これは写ってしまう」と思ったが、あまりにも瞬間の出来事のためその指を止められず、そのまま撮影をしてしまった。

          (今思うと、コンマ何秒というまさに瞬間的な出来事であるにもかかわらず、「これは写ってしまう」と心の中で思う余裕があったことに正直驚いてしまうほど、まるで時間が止まっていたかのような感覚だった)

           

          撮影した画像を確認したところ、黄色い丸い玉のようなものが写りこんでいたため、専門家にもこの画像を見せて多角的な観点から考察してもらったが、結局のところは「確かに光るものは写っているが、偶然にも向こうから何かが光ったのではないか」という見解にとどまるだけとなった。

           

          その後、この日の調査は予定通り進行し、特にこれといって支障もなく無事終了することができた。

           

          ただ私自身としては、専門家の意見に反論するというつもりは無いのだが、先ほどの出来事がまだ頭の中で納得する理解が得られなかったため、ならばと思い、この黄色に発光する謎の球体について、自分なりに分析を試みることにしたのだった。

           

          《次回part△紡海》

           


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          今日もきれいな飛行機雲

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            昨日の記事に掲載した飛行機雲。

             

            シンクロ現象でしょうか、今日も飛行機雲が出ていました。

             

            しかもよく見ると、6本もありました びっくり

            P1000142.JPG

             


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            今日は彼岸の入りですね

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              みなさんはお墓参りはされていますか?

               

              私はもう何年も前から、というよりも、子供のころからと言ってもいいかもしれませんが、お彼岸にはお墓参りをしています。

               

              今日はおだやかな天気で気持ちのいい青空が広がっており、家族連れの方たちがお墓参りに訪れておりました。

               

              さて、今日のご先祖様へのお供え物として、よもぎ餅と桜餅を買って行きました。

               

              おまんじゅうなどをお供えするときは、流派によってもいくつかのマナーがありますが、私の場合は包み紙の端の部分をちょっと開けてお供えをし、そして持ち帰って食べる、というやり方です。

               

              空には、まっすぐできれいな飛行機雲が出ていました。

              DSC00476.JPG

               

              おまんじゅうもおいしくいただきました。

              良き一日をありがとうございましたはな

               


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              ニオイが教えてくれた不思議な体験。つながっている「道」

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                私は普段から、スピ系さんが書いたブログをよく見ていますが、そこには数多くの写真がアップされている記事があります。

                 

                特に旅行などで社寺めぐりをされた時などに、そこで撮影したと思われる社殿や境内の様子、狛犬などなど、とても細かく写真に収めている方もおり、そこの神社・お寺の魅力をあふれんばかりに紹介しているブログをよく見かけることがあります。

                 

                その中で、ここ数年ほど前から私が感じることは、何気なく撮影してブログに掲載したであろう1枚の写真に、実は普通では見ることも感じることも無い狷鮫がつながっている写真がある、ということです。

                 

                「道ってなんですか??」と、疑問に思われる方がいらっしゃると思いますが、ここで言う道とは、すなわち「その画像を通して、神や仏、あるいは眷属と言われる存在に念いが通じる道がつながっている」ということです。

                 

                私自身、神社・仏閣に行って「本当の神仏の御姿」が見える、などということはありませんが、数年前に印象に残る強烈な出来事がありました。

                 

                それは、とある稲荷神社に参拝に行ったときのことです。

                 

                鳥居をくぐって拝殿へ向かおうとしたその瞬間、社殿の左側の何も無い空間の、ある特定の箇所からのみ、強烈な「神のケモノ」とも言える特有のニオイが、私の脳の奥を貫いたのです。

                (※神のケモノ=神獣という意味での眷属を指します)

                 

                このブログでも、これまでに何度か記事にした「ニオイの共感覚」が、突然にして自動的に発動したのです。

                 

                周囲の空間とは明らかに違う、その特定の箇所に「いる」ということをニオイが教えてくれたのです。

                 

                この出来事をきっかけに、その存在の姿・形は見えないけれど、ニオイとして「あれ、これは…中に(その像の中に)いらっしゃる(つながっている)…」ということを、脳の奥で感じる場合があります。

                (ただ、どんな場合でもそのように感じることができるわけではありません)

                 

                ですので、例えばブログにアップされたお稲荷様の写真を見ているときなどに、何となくうっすらとでも「ニオイ」を感じる場合があるのですが、そのときは、

                 

                私「パソコンの画面上から失礼いたします。この方がブログに掲載した写真

                  からお姿を拝見させていただいております。私の名前は○○○○で、住

                  所は○○○…」

                 

                と、そのブログの写真に向かって心の中で自己紹介をしています(笑)。本当です。

                 

                あくまでも私見的なことではありますが、先ほどの「神のケモノ」と記述した過去の経験からもそうであるように、目には見えない何らかの現象が働いているからこそそう感じると思えるため、例えネット上に掲載された神仏の像の写真であろうとも、ニオイの共感覚が発動した場合には、まるでいま自分がそこで参拝しているかのように、心で語りかけています。

                 

                へぇ〜、クニさんてちょっと変わった人だねと思ったことでしょう(笑)。

                 

                でも私は、そんなささいなことではあっても、神仏という存在に対してはこれからもそのような気持ちで接していきたい、と思っていますお願い

                 


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                目の前にあるご縁を大切に

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                  いままさに 必要な縁(えにし)が訪れたからこそ  

                   

                  それができるのであり

                   

                  応えるべきときがやってきたのだ

                   

                  そして 自分自身が それを許すべきときでもあるのだ

                   

                  しかし その縁が過ぎ去ってしまったら

                   

                  二度と同じめぐり合わせは来ないのだ

                   

                  そんな当たり前なことは知っていると言うかもしれないが

                   

                  だからこそ あなたはいつも決まって

                   

                  あのときの自分が許せなくなるほどの

                   

                  後悔の念を心に抱くのだ
                   

                  画像 020.jpg

                   


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                  迫力ある雲龍さんのお出ましです

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                    前方の雲が、結構迫力のある雲龍の横顔…に見えるかな〜とDocomo_kao1

                     

                    無題.jpg

                     


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                    7年目の黙とう。震災鎮魂

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                      東日本大震災から7年目を迎えた2018年3月11日。

                      私の地元福島でも、各地で追悼式が行われました。

                       

                      あれから7年・・・

                       

                      狄椋夘興を合言葉に、苦しい状況の中でも地域住民が一致団結して助け合い、そして励ましあいながら今日まで過ごしてきた日々。

                       

                      少しずつ復興の兆しが見え、月日とともに震災の恐怖が徐々に和らいできたとはいえ、いまだに約7万3000人の方々が避難生活をしいられている状況にあります。

                       

                      これまでの震災史上でも類を見ないこの大震災。

                       

                      しかも「福島」という、世界の注目を浴びたこの地へ、なぜ私は生まれてきたのだろうか・・・と、ふと思うことがあります。

                       

                      スピリチュアルの世界観でよく言われることは、

                       

                      「自分の人生は、あらかじめ自分が計画を立てて生まれて来る。

                       その地に生まれることもまた、自らが決めたことなのである」

                       

                      という一つの定理が、ほぼ常識的概念として、スピ系論者をはじめ精神世界に視点をおく多くの方々が口にするといっても過言ではないでしょう。

                       

                      しかしその世界観の真意については、どのような方法を用いてもこの物質世界においては証明することができないものでありますが、少なくとも何かしらの大きな意味があって人生を学んでいる、ということに間違いはないでしょう。

                       

                      そう思うと、たった一つの学びであっても、言葉では言い表せない何という深くて尊い教えが含まれているのだろうか、ということに気がつくことができます。

                       

                      この学びをこれからも大切にしていきたいと思います。

                       

                      そして何よりも、

                       

                      犠牲となられた多くの魂たちに、

                       

                      ここに黙とうを捧げたいと思います。

                       


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